BBCラジオを何気なく流していたら、ベックの“Sexx Laws”がかかった。90年代らしい雑多なミクスチャー感。当時も今も響かない曲だ。このアルバムのベックは何だったんだろうか。
その後に続いたのがハッピーマンデーズ。月曜に聴くとすべてがどうでもよくなる。無責任な快感がいい。音楽の気だるさと微量の多幸感。90年代のUKか仙台の曇り空に似合う音だ。
そして流れてきたのがパルプの“Disco 2000”。イントロのギターが鳴った瞬間、「おっ
」ってなる。大学時代、ブリットポップの狂騒、そして俺らのリアルライフでの浮ついた空気に包まれながら、その日だけの刹那な楽しみを追いかけていた。
2025年の正月。ロッキンソニックで再結成したパルプを見た。自分のようにくたびれたロック好きのベテランたちが全国から集まっていた。会場で“Disco 2000”を聴いた瞬間、何かが大きく跳ねて(実際床も跳ねた感じ)過去ではなく“今”としてその曲が更新された実感があった。近くにジャーヴィスがいて、くねくねとポーズを決めながら歌っている。時間を越えた変な感じに包まれた。
90年代の熱気は、すでに記憶の向こうだ。あの夜の“Disco 2000”は、現在のジャーヴィスの声として、今の景色として、自分の中で完全に上書きされた。ブリットポップの象徴としてではなく、おっさんになることを受け入れた今だからこそ響く歌として、だ。
音楽は時として、記憶の中で塗り替えられる。あのフェスの夜のジャーヴィスのパフォーマンスは、華やかさの中に、等身大のダサさがはっきり伝わり、妙な説得力が残った。それがすごく良かった。
パルプは新曲を発表した。1分だけ聴いて飛ばした。でも、ジャーヴィスがまた日本で歌ってくれるなら、観に行きたい。