バスの中、凍えた朝

朝8時のバスが名古屋へ向かう。10分前に乗り込んで、シートに沈む。車内は冷え切っていて、どこか古びた匂いがする。肘掛けのない2人掛けにぎっしり人が詰まり、隣の肩が触れるたび小さく身を縮めた。窓の外、枯れ木の列が延々流れ、遠くの山の稜線が微かに形を変える。
単調な高速道路の旅に、Red Hot Chili Peppersの「Californication」が頭の中でかすかに響く。トランプ政権が再びアメリカを握り、かつての自由と荒々しさが、どこか懐かしくも没落の影を帯びている。カリフォルニアの輝きが、窓の外の冬の景色に遠く霞むようだった。
11時50分、スマホが震えた。フジロックの出演者第一弾の発表だ。隣の席の若者が、同じ画面を覗き込んでいる。指がスクロールし、俺の耳に「Californication」のギターが消え、トランプのアメリカの幻影が薄れ、UKのクラブサウンドが取って代わった。その瞬間、旅の意味がさらに曖昧になった。
途中のパーキングでトイレ休憩。売店の隅に「味仙」の台湾ラーメンのカップ麺が並んでいた。赤と黒のパッケージに、辛そうなスープの写真が目を引く。手に取れば、その場で湯を注いで食べられたかもしれない。だが、俺はただ眺め、バスに戻った。20分ほどの渋滞を抜け、名古屋駅に着いたのはほぼ予定通り。冷たい風が首筋を刺し、会社からの電話が鳴る。現実が追いかけてくる。
昼下がり、間違えた皿うどん
腹が減っていた。
「たなべ 錦店」のちゃんぽんが頭から離れない。あの濃厚なスープと野菜の歯応えが、旅の目的のひとつだった。だが、栄の雑踏に迷い、別の「たなべ」に辿り着いた。ヨシタカビルの1階、狭い店だ。看板に同じ名前が書かれていた。系列は多分一緒だ。俺はカウンターに座り、ちゃんぽんではなく、柔麺の皿うどんを注文した。
熱々の湯気が立ち上り、野菜と細い麺を甘い餡が包む。柔らかな麺が、餡に絡まり、口に運ぶと甘さと塩気が舌に広がる。もやしの歯応え。悪くはない。だが、長崎飯店――渋谷の名店、あの「孤独のグルメ」にも登場した柔麺の滑らかな記憶には及ばないか。

ノスタルジックな昭和の食堂を思い出し、俺はこの皿に静かな優しさを見た。店を出ると、冷たい風が吹き、目的としていたちゃんぽんへの渇きが胸に残る。
嗚呼、腹痛
皿うどんを食べ、栄の通りを歩き出した瞬間、腹が不穏な音を立てた。旅の疲れか、冷えたバスの中か、理由はわからない。だが、下腹に鋭い痛みが走り、俺は立ち止まった。雑踏が渦巻き、トイレを探す目が狂うように泳ぐ。信号が赤に変わり、車が通り過ぎるたび、焦りが命を削る。栄のビルが傾き、ネオンの光が歪む。賭けだった。命懸けのギャンブルだ。路地を曲がり、通りを突っ切り、汗が目に滲む。だが、喫茶店の看板が視界に飛び込んできた。古びたドアを押し、店員の視線を避けようとした瞬間、トイレの扉を開けた。和式だった。俺はためらい、閉じた。くだらない決断が、旅の断章に刻まれた。
汗と熱波

15時ごろ、旅の宿へ。栄の喧騒から離れたサウナ施設、ウェルビー栄だ。サウナ愛好家や地元民が「聖地」と呼び、熱と静けさに身を委ねる場所として語り継がれる。汗と解放の極みを求める者たちが集まり、旅人の疲れを癒す評判が静かに広がる。室内の静けさと熱が、俺を包む。
まず、100度近いドライサウナに入った。熱気が顔を叩き、全身が溶けるようだ。汗の流れる感覚と静寂に身を委ねる。
次に、森のサウナへ。木の香りが漂い、心地よい湿気が体を包む。ロウリュの蒸気が、森の静けさを呼び起こすようだった。
再びドライサウナに戻ると、アウフグースが始まっていた。15人ほどが静かに座り、熱波師がタオルを振る。サウナ室内の空気を見事に操り、熱波が押し寄せる。スリリングな熱が全身を包み、最高の瞬間だった。タオルの動きが空気を切り裂き、熱が波のように襲う。俺は手を挙げ、熱を受け止め、ただその極みに浸った。
その後、氷風呂に飛び込んだ。冷たさが全身を締め付け、死の淵を覗くような恐怖と、極上の「ととのい」が交錯する。氷の冷気が皮膚を切り裂き、静かに息をついた。
ととのいスペースが最高だった。
リニューアルされたその空間は、まるでフィンランドにいるかのような極上の体験だった。木の温もりが壁に広がり、白樺の香りが鼻をくすぐる。木製のベッドに沈み、冷えた体が温かさに包まれる。柔らかな光が室内を満たし、遠くの湖畔を思わせる静けさが、俺をフィンランドの森に連れ去るようだった。ととのいまくった。旅の疲れが消え、名古屋の夜が遠くに霞む。
夜、ちゃんぽんを求めて
街を歩き、夜が深まる頃、「たなべ 錦店」にたどり着いた。店内は狭く、カウンターに客がぽつり。この雰囲気を求めていた。

ちゃんぽんを注文し、鍋の音に耳を傾けた。湯気立ち上る丼が来る。スープは豚骨と魚介が溶け、野菜の緑が鮮やかだ。香りが鼻を抜け、心がざわつく。

スープを啜ると、濃厚なコクが舌を包み、麺がスープを吸う。野菜の歯応え、もやしの甘み。出張の記憶が蘇り、時を越えた。店員はあの同じおじさんだ。皺の刻まれた手が静かだ。丼が空になり、何かをやり遂げた気がした。
街の灯と影

店を出て、夜の名古屋に漂う。栄のネオンが瞬き、ビルの影が細長く。アスファルトに落ちる。人混みは多くないが、俺の心は4年前の仙台に引き戻された。あの街で4年間、牛タンに夢中だった日々。厚切り牛タンの香ばしさとジューシーさに、俺は魂を奪われ、深夜まで焼きたてを追い求めた。だが、今は仕事に追われ、その情熱が遠い夢のように重く、滑稽にも懐かしい。自由と現実のギャップが、夜の冷たい風に溶け込む。

夜更け、サウナと酒を求めて
ウェルビーへ戻り、森のサウナで3セット、熱に身を預ける。もちろん氷風呂で生死ギリギリを何度も彷徨った。
上がりにビールを頼み、冷えたグラスを一気にくーっと飲んだ。泡が喉を滑り、酔いが頭を満たす。ハイボールを追加し、これまたピロリンと一気に飲み干す。アルコールの熱が全身を包みこむ。

軽く風呂に入り、アルコールを飛ばした。温かい水が体を包み、酔いの重さが薄れていく。
部屋に戻ってYouTubeでたっちゃんの動画を流す。彼はウェルビー栄の常連で、動画に映るその姿が、奇妙な親近感を呼ぶ。たっちゃんの日常が共鳴し、ウェルビーでのひとときが、奇妙に面白い旅の余韻を残した。
朝、静寂とサウナ
4時に目覚め、5時からサウナへ。室内は静かで、100度近いドライサウナの熱が体を包む。おっさんの大声が響くが、若者は静かだ。ドラクエのパーティみたいにうろつく若者がいて、眉をひそめた。ただ、よく考えれば昔の俺そのものだ。
朝食はカプセルホテルの和食。アジア系の元気な姉さんの挨拶が、朝の静けさに温かさをもたらした。ついついカレーをがっつり取った。朝カレーの香りが、俺の記憶を呼び起こす。学生の頃、朝カレーの辛さと温かさに惹かれ、旅の始まりを告げるような気分だった。あの頃のブームが、知らぬ間に去り、俺の胸に静かな寂しさが広がる。カレーの味が、旅の終わりを静かに語った。

帰路、雪と旅の終わり
昼過ぎ、高速バスに乗り込んだ。窓の外、空が灰色に沈む。雪が降り始め、フロントガラスに叩きつけられる。車が緩慢に進む。トンネルをくぐると、雪国だった。白い世界が広がり、俺は窓に額を預けた。時計が予定を大きく過ぎた。でも、その遅れさえ、旅の一部だった。